ツバメの読書ブログ

読書記録や旅行記を中心に。

髪(作:織田作之助)

この作家、意外と知らない人も多いらしい。
代表作の「夫婦善哉」の作者と聞いて、やっとぼんやり「あ~聞いたことある!」となる人も周りにいる。
随分前に初めて読んだ時に一読で気に入ってから、片っ端から彼の作品を読み漁った。
彼の作品は独特の”ゆるさ”を持っており、テンポが良いと思う。
また、ドロドロとした暗さは無く、あたたかくたくましく生きる人々の姿がとても魅力的に描かれている。大阪出身であったことから、地元を舞台にした作品が多いが、大阪らしい人情やたくましさを感じて、読んでいるとふと励まされた気持ちになっている自分がいる。


さて、数ある織田作之助の作品の中でも、私が抜群に心を鷲掴みにされたのが「髪」という短編作品。
これは彼が生涯彼がこだわり続けた「長髪であり続けること」をテーマに、「髪」に纏わる経験の数々を記したものである。
 高等学校に入ったとたんに髪を伸ばし始めた織田作之助。というも、頬骨が高いことがずっと気になっており、それを隠すには髪を長くするのが良いと思ったからだそうだ。
そして、この嵐でもピクリとも動かせないような彼の「髪を短くしない」という信念がその後戦争突入(徴兵の有った時代...長髪のまま徴兵検査を受けに行った織田氏...まさに武勇伝!笑)、戦後様々なトラブルを巻き起こす。


髪にちなんだ作品は他にも色々読んできたが、魯迅 の『髪の話』も強烈だったな~と思い出す。息子の辮髪を切るべきか悩み抜く母親の心情が描かれている物語だ。
ともかく、髪は身体の一部でありながら煮ても切っても痛くもかゆくもないのに、その髪型一つで時に迫害にあったりひどい目に合わされる可能性をはらんでいる点で、とても不思議なものなのは間違いない。
昔断髪令で髷を切った侍たちだってかなり葛藤したのではないか。髪は社会の中でシンボル(社会と協調する意思表示だったりすることが多いだろう)として選ばれやすい部位なのかもしれない。


ちなみに、織田作之助は年齢より老けて見える自分のことを作中で「マルセル・パニョルの「マリウス」という芝居にピコアゾーという妙な名前の乞食が出てくるが、この人物はトガキによれば、『この男年がない』ということになっている」そして、自分をピコアゾーだと言っている。自分の作品にも若さが無いから、まだ三十三歳なのに、よく読者から老人じゃないかと思われることがあると笑
(「そう思われても無理からぬことである」と言っているのが彼の優しさを感じさせる)
※マルセル・パニョルの「マリウス」は映画になっているので、ご紹介までリンクを貼っておきます。日本語字幕版が見つからず、原語のフランス語版で恐縮ですが。

Marius 1931 Raimu Pierre FRESNAY


更に、この織田作之助と言えば、自由軒のカレーをこよなく愛していたことでも有名だ。
今でも自由軒本店には、「トラは死んで皮をのこす/織田作死んでカレーライスをのこす」と書かれた額縁入りの写真が、今でも大切に飾られているらしい。
次回大阪に行ったときは絶対に立ち寄りたい!